【計良展情報 Part4】トークライブ計良宏文×髙崎卓馬
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【計良展情報 Part4】トークライブ計良宏文×髙崎卓馬

  • 計良 宏文

伝統芸能からアイドルまで。越境し、拡張する、ヘアメイクの仕事

埼玉県立近代美術館で資生堂トップヘアメイクアップアーティスト計良宏文の個展「May I Start? 計良宏文の越境するヘアメイク」が開催されています。7月12日には「展示作品と、クリエイションの可能性」と題したスペシャルトークライブを行いました。ここでは、計良と電通エグゼクティブ・クリエーティブディレクター髙崎卓馬さんが、埼玉県立近代美術館の学芸員大浦周さんの進行で、ジャンルの垣根を越えて広がっていく仕事について語り合いました。


髪の毛の動きひとつで表現する

――計良さんと髙崎さんは、資生堂のヘアケアブランド「TSUBAKI」の宣伝広告で、初めて一緒にお仕事をされました。

計良:2016年にモデルの長谷川潤さんがミューズに起用されたとき、髙崎さんがクリエイティブディレクター、私がヘアメイクアップでした。それ以前から、私は「TSUBAKI」の宣伝広告に長く関わっています。

髙崎:「TSUBAKI」が発売された当初に大ブレイクした大貫卓也さんによるCMを徹底的に見直しました。ブランドの原点になにがあるのかを見つけるために。印象的だったのが、3人の女性が力強く闊歩するバックショット。そのときの髪の毛の動き。これが「TSUBAKI」なんだと思いました。時代を躍動していく女性。自分の生き方を謳歌している姿。そんなものをそのショットに感じました。

計良:あの女性の歩き方は大貫さんが発案されて、「TSUBAKIウォーク」と呼んでいます。私はそれを髪で表現するのに、どうしたらいいか考えました。髪の長さ、レイヤーの入れ方などによって揺れ方が違うので、研究を重ねて。髙崎さんとの仕事では、女優の黒木華さんがミューズの「艶Wリング」ときに、かなりハードルを上げられましたね。

髙崎:マーケティング的に開発しようとした武器、です。全体に美しくなると言ってもどうしても伝わらないので、髪のつけ根と毛先の両方にリングが生まれる。というものを視覚化して言語化したかったんです。でもそれを実際の写真で実現するのは計良さんに相談するしかなくて(笑)。

計良:同時に2箇所を光らせるためにはどうしたらいいか、カメラマンさんと相談して、試行錯誤しました。長さがあって、毛先が浮いていて、たゆんでいれば可能ではないかということで、結果的には髪の毛の下に入れた針金の輪っかを徐々にずらしながら、2箇所が光った瞬間に撮影するという方法を採りました。

髙崎:もちろん計良さんは映らないよう、現場ではグリーンバックでグリーンの全身タイツを着て、輪っかになった針金が先についた棒を持ち、針金を髪の下に差し入れて動かす。とてもアナログな方法で撮影しています。やはりCGで簡易的に作ったものだとそこに嘘が入るのか、アナログで苦労して手に入れたもののほうが説得力がでるのは面白いことです。


人の顔とは何か考えさせる作品

――今回の展覧会のために、計良さんに展覧会の象徴になるような作品を作っていただきたいとお願いしました。そして、計良さんがヘアメイクアップした女性にファッションデザイナーの坂部三樹郎さんがデザインした服を着せた、「FACE」というマルチチャンネル・ヴィデオインスタレーション作品ができました。

計良:私が描いたヘアメイクのイメージボードを見て、坂部さんが衣装を用意してくれました。この映像作品で私は、1人のモデルさんにナチュラルなものから非現実的な表現方法まで39パターンのヘアメイクをしていて、それぞれが39枚のディスプレイに3分の動画として映し出され、作品を見る人をじっと見つめています。

髙崎:計良さんに言われるまで、すべてが同じモデルさんだとは気がつかなかった。それを知ってあらためて眺めていると、人間に与えられた属性ってなんだろう。顔ってなんだろう。見た目と内面ってどういう関係にあるんだろう。と考えさせられます。


現代美術とのコラボレーション

――計良さんは美術家の森村泰昌さんの写真作品にもヘアメイクで参加していますね。

計良:ええ。森村さんは、自分自身が名作絵画の登場人物やスターに扮した写真作品を作り続けています。そして、そうした人物を演じるのではなく、例えば今回の展覧会でも展示している「自画像の美術史(デューラーの手は、もうひとつの顔である)」では、「作者が自画像で描きたかったのは顔ではなく手である」という解釈を表現しています。

髙崎:ああ、作品にひとつ、森村さん流の解釈を入れているんですね。

計良:そうです。そのためヘアメイクも、あまりにも似すぎて本物と錯覚するくらいまでになると森村さんではなくなってしまうため、どこかに森村さんを残すようにします。この作品では、おでこの部分が特殊メイクで作られていますが、それが特殊メイクだとギリギリわかるように、メイクであまりなじませることなく仕上げています。

髙崎:デューラーの手はどのようにしているんですか?

計良:石膏で森村さんの手の型をとっていますが、指を少し伸ばして作っています。その石膏で作られた手を袖の中で持って撮影しています。

髙崎:だから何か違和感というか、感じるものがあるんですね。


伝統芸能からアイドルまで幅広く

――計良さんのお仕事はさらに越境して、人形遣いの勘緑さんとのコラボレーションで、文楽人形の「かしら(頭部)」の制作も手掛けられました。

計良:通常、文楽人形は演目や役柄に応じて、髪型や衣装を変えて使い回しができるような表現になっています。しかしこのときは、海外公演のために勘緑さんが脚本を書き新しいキャラクターが生まれたので、ぜひ人形を作ってほしいということで作らせていただきました。

髙崎:3体とも、それぞれ顔が違って面白いですね。

計良:勘緑さんは、文楽の人形も流行とともに顔が変わっていくとおっしゃいました。文楽人形も、数百年の歴史の中で、そのときどきの大衆に受ける顔に少しずつ変化してきたのです。だから、勘緑さんは「計良さんがいいなと思う顔を作ってくれればいい」と。

髙崎:計良さんが計良さんの感覚で「かしら」を作るのも、文楽という伝統の中の「文楽の現在地」をつくるという作業なんですね。

計良:そう受け止めました。私は資生堂という会社に27年いるので、そこで培った美意識やノウハウ、また自分の好みなどが人形に出るんじゃないか、と思いました。それが加わることで、また新しい顔ができるのではないかという意識を持って取り組みました。

髙崎:そう聞いて人形を見ると、また面白いですね。その一方、でんぱ組.incとの仕事では結構、斜めの表現をしていますね。

計良:シングル「いのちのよろこび」のビジュアルですが、衣装ができたのは撮影当日の朝でした。そのため、デザイナーがコピー用紙に鉛筆書きで「ヘビ」「サル」「肉」などと書いてあるものしかない状態でヘアメイクを考えました。テーマが「原始時代」というところから、ヘアメイクは「ヤマンバギャル」という案が出ましたが、そのままでは現代的ではない。そこで、私が「顔は黒くするのではなく、ゴールドかブロンズだったら可能性があるかもしれない」と提案して、ブロンズのヤマンバギャルになりました。


そして作品から人間がいなくなった

――展覧会の最後は、華道家で写真家の勅使河原城一さんとのコラボレーション作品です。

計良:撮影の日の朝に、勅使河原さんが花を持ってきて、私はあらかじめある程度、カツラなどを用意していますが、何が起こるかわからない状態で2人がぶつかり合う感じで制作しました。花と髪だけで、最終的には作品から人物がいなくなってしまいます。物語的に、展覧会の最後にとうとう人がいなくなってしまう、というのもコンセプチュアルで面白いかなと思っています。

髙崎:めちゃくちゃ、感動しました。ついに計良さんが、髪の毛だけで作品を作り始めたから。でも、それが腑に落ちる。それでもちゃんと、ぬくもりや人間味があります。これが髪の毛でなければ、こんな気持ちにはならないかもしれません。髪の毛に、それが生えて伸びていく時間を思うからでしょうか。

計良:そうですね。人の面影を感じるようにしたいというのはありました。


「拡張する」「越境する」精神で活動

――ここまで計良さんの越境する幅広い仕事を紹介してきましたが、資生堂には、計良さんのようなヘアメイクアップアーティストが40人くらいいらっしゃるんですね。

計良:資生堂の宣伝広告から、こういった私のような活動もしている非常に特殊な集団です。今回、私たち資生堂のヘアメイクアップアーティストが、どのような考えでビューティーを志しているかという、ステートメント動画を髙崎さんに制作していただきました。

髙崎:「私たちは美を、拡張する」というタイトルです。美の領域とは、一つのものだけではありません。そこには、いろいろな美がある。その美を、様々な角度から照射していくのが、資生堂のヘアメイクアップアーティストのみなさんの使命だなと思い、それを言葉にしようと試みました。

計良:「拡張する」と「越境する」というのは、意味的にとても近しいと思います。私もそういう精神で活動しています。

髙崎:計良さんも僕も、何か新しいものや人と出会って、自分の引き出しを開けて、その結果、越境していて、ということの集積ですね。生きている限り越境していくんだなと思います。手を動かす限り、違うことをしていきそうです。

計良:まだ知られていないこと、まだヘアメイクアップアーティストがやっていないことを、拡張しながら越境しながらできていくと面白いかなと思っています。まだまだやることは、たくさんありますね。

STAFF
Creative Director/Film director 髙崎卓馬(電通)
Creative producer 西村恵子(電通)
Producer 大桑仁(spoon.)大越毅彦(spoon.)
Production manager 宮下誠(spoon.)
Photographer 杉田知洋江(TRAVOLTA)
Makeup 鈴木節子(SHISEIDO)
Hair 谷口丈児(SHISEIDO)
Stylist 川上麻瑠梨
Model 彩衣(Image)
Narrator 小林洋介(spoon.)
Editor 松本エイジ
Music 田辺玄
Logo design 丸橋桂(SHISEIDO) 
Motion graphic design 上田裕紀(EDP graphic works Co.,Ltd.)


「May I Start? 計良宏文の越境するヘアメイク」展 イベント情報

8月3日(土)ギャラリーツアー 計良と担当学芸員によるギャラリートーク。
15:00~16:00/2階企画展示室/料金:企画展観覧料が必要。
8月6日(火)ヘアメイクライブ【整理券制】 展示室内に設置したステージで計良がヘアメイクアップを実演。
11:00~11:30 ・ 15:00~15:30の2回開催/2階企画展示室/
定員:50名(開始時刻の1時間前から1階受付で整理券を配布)/料金:企画展観覧料が必要。
8月18日(日)トークライブ 計良宏文×坂部三樹郎 計良宏文×坂部三樹郎(MIKIO SAKABE デザイナー)
14:30~16:00(開場14:00)/2階講堂/定員:80名(当日先着順)/料金:無料